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吉田秀和さんのこと [音楽]

5月に亡くなった吉田秀和さんがNHK-FMに残していた放送用の録音「名曲のたのしみ」の、吉田さん自身による最終放送を、偶然にですが聴きました。7月19日午前の再放送の折りです。亡くなったあとも収録されている放送分が何回か残っている(確か6回分)、ということは知っていましたからそろそろ最終収録分の放送かな、とは思っていたのですが、例によって特に調べて聴いておこうなどとも思わずにいました。

ごく偶然その日の午前に聴いていた放送が、たまたま最終放送分だったと気づかされたのは、放送の最後のアナウンスで今回が最後の放送である、と語られていたからです。番組の放送そのものは音源や原稿が残っているとのことで、しばらくは続くとのことです。

その最終放送分の冒頭で、吉田さんは「ラフマニノフ作品の連続放送も最後に近づき……」という意味のことを言っておられました。私は「ああこの人の生涯もそうだったんだ」というか、たくまずに出た言葉だったはずですが、放送の中の言葉に胸を突かれるような思いがしました。そんな巡り合わせを、耳にする機会を持ったのも不思議な気がしました。

吉田さんの書いた文章を読んで感じるのは、自分の耳で(目で)判断して確信のあることを書いている、という感じを受けること。もうひとつは特定のレコード会社や特定のアーティストに寄り添うような、いわば「応援団的」な文章を書かなかったこと。あるいは「大人の事情」で「褒めなくてはいけない」ような文章が無かったこと。

全部に目を通してはいませんが、そういういわば「お追従」と感じられることを書かなかったように思います。あるいは、これは「書かなくても良かった」ということなのかも知れませんが。音楽に関することだけではなく、評論と言われるもののかなりの部分が「業界との共存」で成り立っているのが実情ですから、時として(かなりしばしば)提灯も持たざるを得ない場合があるでしょうけれど。

でも吉田秀和という人には、その必要はありませんでした。これは恐らくとても幸せなことだったと思います。自分の耳を、目を、心を歪める必要は無かったわけです。もちろん常識の範囲の中で「書くことをためらった」りしたこともあっただろうとは思います。書いてみたら影響の大きさに驚いたこともあったかも知れません。それでも、この人の文章からは素直な心の吐露であることがいつも感じられました。そういう意味で大変強い文章を書き続けて来た人だと思います。やはり一種の不世出の人でしょう。改めてそんなことを考えました。
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