SSブログ

左利きの指揮者 [音楽]

左利きというか、左振りってことになるわけですけど、指揮棒を左手に持って振る指揮者のことですね。先日からちょっと調べたいことがあって、あちこちのぞいていたら、大阪の高校の吹奏楽部の顧問の先生が、左振りだってことに気づいたわけです。その方面ではかなりの有名校ですし、野球も大変な強豪。なんて書くと名前を伏せる意味は無くなりますけど^^;。

私としては知っていた「左振り」は、シベリウスの交響曲の指揮で大変有名な、パーヴォ・ベルグルンドさんぐらいでした。シベリウスの交響曲全集を3回完成したことで知られています(全部持ってます^^。これ、ちょっと自慢してます^^;)。

クラシック音楽の世界では、基本的に「左利き」を認めないと言うか、すべての楽器は右利きを基本として演奏されることを前提に作られています。フレンチホルンのようにピストンを左手で操作するのは例外に近いことになります。これはピストンが発明される前に、右手を楽器のベルに(朝顔のような広がってる部分のことですね)差し込んで、音程の調節などをしていたから。

ワーグナーチューバという楽器も左手でピストンを操作しますが、これはホルン奏者が持ち替えて演奏することを前提にした楽器だから。よく見ると、ユーフォニアムなどの形とは違った、不思議なレイアウトになっているのが判ります。ブルックナーの交響曲やワーグナーの(後期の)作品などの演奏時に見ることができます。

閑話休題。考えるに左手で指揮棒を振る場合に、四拍をどういう振り方にするのか、というのは問題になるんじゃないか、と思うわけです。1拍めを縦に振り下ろすのは同じとして、次の拍をどっちに振るのか。具体的には、普通の右利きの人だと上から右斜め下へ、つまり体の外側に出るように振って、のちに左へそして右上に斜めに行って四拍を振り終えるわけです。

まぁプロの指揮者の場合は、明確に三角の形が見えるように振る人は少数な気もしますが^^;。実演で知っている限りでは、秋山和慶さんの振りは大変きれいに三角が見える感じがして、オーケストラの指揮者のうちでは珍しいくらいに振りが明瞭に見て取れるように思います。

先ほどの高校の顧問の先生もベルグルンドさんも、動画サイトで見ていても、振り方がどうやっているのかはちょっと分かりにくく、2拍めの手がどっちに降りてるのか、判別はできませんでした。ほかには左で振ってる人っていないのかな、と少し探していたらクリスティーナ・ポスカ(Kristiina Poska)というお方を発見^^。女性の指揮者です。1978年、エストニア生まれ。

この人がねぇ、左で振って振り方が右とは逆なんですよ。すなわち2拍めは左下に降りてから右へ行く。まぁ右利きと線対称なんですけどね。体の外側に向かって降りて、という動作としては同じですね。私が心配になるのは、オーケストラの奏者の皆さんはまごつかないかな、ところなんですよね。まぁ慣れちゃえばいいことなんでしょうから、余計なお世話な気もしますが。

オーケストラの楽器奏者だと、それぞれのパートで一緒に演奏するという観点からは、楽器を逆に構えるということはほぼ不可能でしょうね。フルートなんかは構造的に不可だし。弦楽器もそうでしょうね。ポール・マッカートニーさんなんかの例は、稀有な例外だと言えますが、楽器を習得し始めた時に左で弾き続けようとするのは、それなりの意思を必要としそうです。

指揮者はただひとり指揮台に立っているわけで、左で振ること自体は難しくはないんでしょうけどね。でもやっぱりかなりの例外的存在であることは確かです。プロの指揮者の場合は特に、いろんな楽団で指揮する機会が多いわけで、オケの側でも多少は苦労しそうですしね。もし実演とかで見かける機会があったら、稀有な例を目の当たりにしている、ということになりますね^^。

2020年2月の追記:某動画サイトでいろいろと眺めていたら、左で振ってる指揮者を見つけました。ドナルド・ラニクルズ(Donald Runnicles)という人だそうで、イギリスのスコットランド出身。1954年生まれだそうですから、けっこうなベテランですね。イギリス国内での活動が多いのかな。あまり録音とかは多くないようですが、オぺラが何点かあるようです。ほかにもいるんでしょうね、左振りの人。また見つけたら書き足しますね^^。
nice!(0)  コメント(0) 

読響とカンブルランのブルックナー交響曲第4番 [音楽]

9月の演奏会を収録したテレビでの放映を見て書いているわけですから、もう1か月ほど前のことなんですけどね。ブルックナーの交響曲のうちの何曲かは、いくつかの版があって、その違いによって演奏内容もずいぶん異なることがあります。まぁブルックナー先生が、弟子たちの意見とかを聞き入れて改訂を施していたり、ということもあったようです。

この点、たとえばマーラーが「自分でオケを振ってみて」、その音の出かたとかを聴いた上で、自分で楽譜に手を入れたりした、というのとは少し事情が異なっています。ブルックナーの場合は、どこまでがご本人の明瞭な意思に基づくものなのか、判断が難しい場合もあるんでしょうね。20世紀に入ってからも、よく知られたふたつの版(ハースとノヴァークによるそれぞれの版)がよく演奏されています。

まぁ、ものすごくザックリとノヴァーク版が現状の「標準」ですよ、と言ってもおおよそは間違っていない、とは思います。第7番のアダージョなんかは、個人的にはハース版の方が好きですけど。ま、ともかく9月の読売日本交響楽団の演奏会では、このふたつの版とはまた違った1888年稿のコーストヴェット版という版での演奏でした。

この1888年稿という版は、ある時期には「弟子たちが(勝手に)改竄してしまった」版と考えられていて、あまり顧みられてはいなかったようです。ただ、まったくブルックナー自身が知らなかったわけでもないだろうとは思うんですけどね。とにかくCDや演奏会で耳慣れている音楽とは違った音が奏でられて、ちょっと驚くところが出現します。「耳新しい」という点では確かに新鮮なんだけどね。

ティンパニが無かったはずのところでいきなり鳴ってみたり、アクセントを叩き込んだり、とか木管のバランスが違った響きを生んでいたりとか、カットがあったりとか。いろいろ「違う」のはたしかです。ただ「必然」はあまり感じませんでした^^;。演奏してみる価値はあるとは思うけど。これからもブルックナーの演奏には、版の問題が付いて回ると思いますけど、結局のところ「決定稿」は出てこない(出せない)ってことなんでしょうね。なかなか難しいものでございます^^;。
nice!(0)  コメント(0) 

Jazz Sax All Time Best 50だそうですよ^^ [音楽]

ジャズのサックス奏者、オールタイムでのベスト50だそうです。
https://www.udiscovermusic.com/stories/50-best-jazz-saxophonists/

1位がCharlie Parker、2位はJohn Coltraneを始めとして、上位10位ぐらいは好みもあるけど、まずは妥当な名前が並んでるとは思うんですけどね。50人並ぶと少し違うかなー、という気分もあります。どういう選定のしかただったのかな、ということも含めて。

個人的にはいきなり50位にGato Barbieriが登場して、ちょっとニヤりとさせられたりしますが(ガトーさんここかい、という)、45位にMichael Breckerは、ちょっとどうなのよ、という気分です。もっと上にいたっていいんじゃないの、と思うわけ。Sam Riversが入ってるのに、George Colemanがいないのはどうしたことか、とかね。

あとBarney Wilenの名前が無いのも気に入らないんですよね^^;。それと我らがサダオ・ワタナベは入っててもいいんじゃないの、と思うのです。それともやっぱりあれかな、要は「インUS」、すなわち「アメリカの」という枕詞が付くのかな。「オールタイム・ベスト50・イン・アメリカ」というランキングだとしたら、やむを得ませんね。なんかそんな気もしてきました^^;。
nice!(0)  コメント(0) 

ヨーゼフ・クリップスのベートーヴェン交響曲全集を買いました^^ [音楽]

ヨーゼフ・クリップスの録音したCDは、我が家にはVPOと入れたチャイコフスキーの5番と、コンセルトヘボウとだったと思うけど、モーツァルトの後期の交響曲が何枚かがあります。亡くなったのは1974年で、その最晩年の録音がコンセルトヘボウとのモーツァルトだったはずですが、80年代の半ば過ぎに(まだ亡くなって10年ほどしか経っていないのに)そのモーツァルトの交響曲を廉価盤の輸入CDで手に入れた記憶があります。

VPOとのチャイコフスキーはデッカで、コンセルトヘボウのモーツァルトはフィリップスでの録音で、すなわち指揮者ご本人の所属(契約)レーベルとしてではなく、楽団の縁の深いレーベルに録音されたものです。というか恐らくですがクリップス先生って、専属契約を結ぶような関係に至ったレコードレーベルは晩年は無かったのではないでしょうか^^;。

50年代まではデッカへの録音が多くありますが、60年代以降はあちらこちらのいろんなレーベルに、と言ってもデッカ、フィリップス、EMIというところはメジャーですが、ほかにもコンサートホール・レーベルやアメリカのEVERESTレーベルなど、いわゆるマイナー・レーベルにも録音があります。そしてこのベートーヴェンはそのEVERESTに録音されたものです。オケはLSO。すなわちロンドン交響楽団です。
krips_cd.jpg

1960年の1月に集中的に15日間ほどでロンドンで録音されています。演奏は、最近のピリオド楽器での演奏でのスタイルから見れば、昔風ののんびりしたテンポというふうにも聴くことができるでしょう。ただ、温和でまったりとした、という言い方はできないと思います。妥当なテンポ感やバランスのいいオケの鳴らし方、という意味で奇をてらわない良さがあります。

集中しての録音で、ややスケジュールが厳しかったのか、よく聴くと細かい演奏の傷なども残っているのですが、それでもこういった演奏は貴重なものであると思います。イギリスのオーケストラは「機能的」だとか言われて、録音された演奏で評価してしまう日本では、やや評価されにくい傾向もあると思いますが、なかなかどうして、瑞々しい弦や、ホルン、木管の響きなどはたいしたものだと思います。いいベートーヴェンの交響曲全集が手に入ったと思いますよ^^。
nice!(0)  コメント(0) 

ジーン・クルーパって知ってます? [音楽]

こないだ某有料放送の「無料の日」に放映されてたんで、「ジーン・クルーパ&フレンズ」という番組を録画したんですけどね。まぁ名前と演奏はちょっとFMで耳にしたぐらいで、動いている姿も知らなかったし。ライブ映像らしいから、数十分のステージがダイジェストでも見られるのかな、と思っての録画でしたけど。

なんだかクルーパさんのバンドは3曲ぐらいで、ほかのバンドの曲も混ぜてあるという具合で、ちょっと肩透かしというか、なんと言うべきか。んー、1940年代から50年代が全盛期だったみたいですけど、たぶんテレビ初期の映像で、まともにタイコ叩いてなくて、遊んでるような曲。ちょっとがっかりしました。

バディ・リッチという、やはりスイング時代の名ドラマー(クルーパさんより8歳年下かな)は、60年代、70年代にも録音があるので、それなりに知ってはいましたけどね。ドラマーは、動いているところを見るのが楽しいんですけど、あんまりちゃんとしたプレイが見られず残念でした。

60年代終りから70年代のドラマーは、映像もかなり残っていて見る機会が多く、それらはなかなか楽しめます。40、50年代はさすがに映像となると少ないのかな。ま、ちょっと残念な気分でございました。

追記:もう一度見てみたら2曲でした^^;。どうやらすでに録音済みのレコード音源に合わせて、ライブ風映像を記録した物のようで、いわば一種のPVみたいですな。むろんライブ音源ではありません。どうりでスティックさばきがうそ臭いわけです^^;。あて振りですね。
nice!(0)  コメント(0) 

ブロムシュテット、N響のベルリオーズ「幻想交響曲」 [音楽]

10日間ほど家を空けてしまったので記事が書けませんでしたが、日曜の夜に放映されたN響とブロムシュテットの「幻想交響曲」は、出先で視聴することができました。少し書いておきたいこともあるので、ライブからは1か月半、放送からでも数日を経ていますが、記事にしておきます^^;。

んー、やはり「情」よりは「知」の演奏と言うべきなんでしょうか。音楽がとても純粋に響く、誤解を恐れずに書けば「主知的」な演奏であったと思います。特に弦の瑞々しさは素晴らしく、第1楽章冒頭の響きなどは、めったに聴けない極上の肌触りではありました。知的ではあるけど冷たくはなく、柔らかな響きはふわりと感情を覆って、音楽として響いてくるのです。

その第1楽章の冒頭から主部に移るところの、「ソシラ、ララソ、ミファレ」というところなど、もっともっとニュアンスやアクセントを付けて、纏綿と泣かせる振り方もありますけど、この演奏ではそれをしない。「ここはベルリオーズが啜り泣いているのです」と語ったのは、なんとあのアンセルメ先生ですが、ブロムシュテットさんはそれをやらない。素っ気ないわけじゃないけど、無用に思い入れず響きを重んじる演奏になっています。

第3楽章の終結部、イングリッシュホルンの問いかけにも答えは無く、ティンパニが遠雷を響かせる場面でも、もっとイングリッシュホルンに「こく」を付けて歌わせたり、ティンパニの響きを大袈裟にして、ドラマを演じさせようとしたり、といった演奏の仕方もありますが、やはりこのブロムシュテットの演奏では、そんなことをしない。だからと言って淡々と、ではないんですよ。歌は充分に響いている。

第4楽章で、金管がファンファーレ風に行進曲を演奏するところは、1回めのところでは弦が合いの手を入れるだけで、ほぼ完全に休んでいます。ところが2回めでは、金管が同じメロディを奏でているところで、弦は細かく激しくオブリガートを奏しています。ここも演奏によっては後ろの弦の響きが「何か鳴っている」ぐらいの感じだったりもしますが、今回の演奏ではバランスのきれいな響きになっていました。第4楽章のこのあたりのスコアは、惚れ惚れするほどの美しさなんで、ご興味のある方は、ぜひ一度ご覧になって見てください。

終楽章に入っても、こういった響きの確かさを重んじていくやり方が充分に生かされていて、見通しの悪くなるような部分はありませんでした。それなりにこだわりのある部分もあるようで「ここは全部下げ弓で」みたいな指示が出ているところが見えたりもします。終結部も大騒ぎしてガシャーンと終わると言ったような風情は全く見せずに終わります。

もっと狂気の轟くような演奏の仕方もあるでしょうし、その方が好きだと言う人もいると思います。それはそれでやり方としてはあるとは思いますが、今回のブロムシュテットさんの演奏で聴かせてもらえたのは、音楽としてのたたずまいを響かせている「幻想」でした。そうした意味では、ある種貴重なものでもあるのかも知れません。「受けは狙わないし不要」という、音楽として向き合おうという姿勢は重要だと思いました。

最後に話は前後するんだけど、この演奏では第1楽章と第2楽章のあいだに間を置かず、すっと演奏が始まりました。第4楽章と第5楽章のあいだもそうだけど、これはわりによく見かける気がします。でも最初のふたつのあいだで間を置かないのは、あまり記憶にありません。

第3楽章の前後には普通のインターバルがあるんですが、これってひょっとしてですけど、「全体を三つの部分に分ける」といったような考え方に基づいてたりするんでしょうか^^;。「第1部 恋の情熱」「第2部 孤独の彷徨」「第3部 悪夢と狂気」というような分け方は、以前からも解説されているのを見かけたりしますけど、ブロムシュテット先生はそれを演奏の上でもくっきりさせようとしていたんでしょうか。ああ、お会いして聞いてみたい^^。とにかくずいぶんと感心もし楽しませていただいた演奏なのでございました^^。
nice!(0)  コメント(0) 

Papa Loves Mambo [音楽]

このところ「人称代名詞」がタイトルに入っている曲という繋がりで来ている「この1曲」シリーズですが、今回はPerry Comoが1954年にリリースした「Papa Loves Mambo」です。えーと「Papa」は「代名詞」なのか、というところが怪しいのですが、行けるでしょう、たぶん^^;。

生涯で14曲ものナンバーワン・ヒットを持っているペリー・コモですが、この「Papa Loves Mambo」は全米では4位までと、スマッシュ・ヒットに留まっています。まぁしかし現在の日本でこの人の歌といえば、恐らくいちばん知られているんじゃないでしょうか、この曲。なにしろCMでよく聴くことができますし。

某軽自動車のCMで使われていて、かなりの回数のオンエアがありますから、聴いたら「ああこれ」と分かる人も多いでしょうね。CMの仕上がり具合から言えば、カラフルで陽気でちょっと騒がしくて、この曲ともマッチしています。明るい感じが特にね。CMだと、たとえば80年代の歌なんかもよく使われるけど、ぐっと古くて50年代ですからね。この曲を選んだセンスはなかなかじゃないかと思います。

コモさんのシングルは40年代と50年代が中心で、そういう意味ではいにしえの歌手と言えるんでしょうけど、アメリカでは日本で想像するよりは、はるかに「大物」という扱われ方をしていたようです。最後のシングルリリースは1976年なんですが、本国ではテレビなどでも親しまれていたようです。明るくて軽快な歌声は、やはりひとつの大きな個性でしたね^^。

追記:まぁ「Papa」は「代名詞」ではありませんね、やはり^^;。普通に「名詞」ですが、今回は勘弁してくださいまし^^;。
nice!(0)  コメント(0) 

I Can't Help Myself (Sugar Pie Honey Bunch) [音楽]

さて諸々のこともあってあいだが空きましたが、今回の「この1曲」シリーズはFour Topsの「I Can't Help Myself (Sugar Pie Honey Bunch)」です。このタイトルにくっついている「カッコ」の中の部分は、発売時の音盤には無かったようで、正式にどっちが正しいのかちょっと分かりません^^;。んー、無くてもいいみたいですけど。

曲想は、この頃のMotownの典型的なサウンドとメロディを持っています。フォー・トップスにとっての初の全米1位、かつ彼らの2曲ある1位の1曲めということになります。1965年の4月リリースのシングルでした。1956年ごろから活動しているので、大ヒットが出るまでには、やはり苦労してるんでしょうね、たぶん。

こんな言い方をすると怒られそうですけど、いかにもこの時期のモータウンの音で、まぁよくあると言えばよくある曲づくりです。黙って聴かされても、「あ、モータウンだね」という。かつ、ちょっと似た感じの曲も思いついてしまいますけど^^;。だからこその大きなヒットになった、とも言えなくもないかな。

70年代の中盤ぐらいまでは、コンスタントにシングルもリリースしていますが、その後は活動がゆるやかになっています。まぁ基本は60年代のボーカル・グループってことなんですが、大ヒットの数こそそんなに多くはありませんが、やはり歴史に残るグループだと思います^^。
nice!(0)  コメント(0) 

ウィーンフィルのスネア、再考 [音楽]

年頭恒例のウィーンフィルのニューイヤーコンサート。以前にこの楽団が使っているスネア(小太鼓のことです)について、2015年に書いたことがありますが、その後の2年間はこの楽団でよく見かける「ウッドフープ」のものを使っていたように思います。ところが今年はまた、一度見たことのある金属製のスネアを使っていましたね。

ニューイヤーコンサートや、そのほかの(と言っても日本で映像で見られるコンサート、という意味だけど)では、auralというオーストリアのメーカーのウッドフープの製品を、よく使っているようです。ところが今年は金属製のスネアが登場してました。専門的な話になって申しわけないけど、通常プロの使うようなスネアは8本から10本のボルトでヘッド(皮ですね)を固定するものがほとんどです。

このヘッドを固定するための輪が「フープ」なのですが、大部分の製品では金属のものが使われます。最近は音色が柔らかくなるといった理由で、木製のものもあるわけですけど。話があちこちに行きますが、今年のニューイヤーコンサートでみかけたスネアは、金属製でかつボルトが6本(厳密に言えば「片面」に)しかない、というものでした。しかもそのボルトの形状もあまり見かけないような形でした。

これはもしかするとかなりの「年代物」のスネアなのかも知れないな、と思って見てたんですよね。スネアの裏側が見える映像もあって、響き線の本数が少なめなのも確認できました。ウィーンフィルの打楽器は、かなり古いものも使っているように思うので、スネアも年代物が「在庫」にあるのかも知れません。

もちろん最近はいわゆる同時代楽器としての、昔の楽器のレプリカも多く作られているので、このスネアもそうかも知れません。ウィーンフィルの場合、打楽器では古い形式の楽器も使うことが多いようなんで(たとえばティンパニ)、スネアについても年代物を使うこともある、ということなんでしょうね。これが「奏者の好み」なのか「違う奏者だから」なのか、あるいは「指揮者の指示」なのかは、何とも言えません。とにかく何年かに一度登場する「変わった形式のスネア」は、興味を引く楽器ではありますね^^。

追記:2019年も明けてしばらくしてからの追記になります。今年のニューイヤーコンサートで、一瞬ですがスネアの底面のところに「蝶ネジ」があるのが確認できました。現代のスネアは表側と裏側とで、別個にチューニングできるようにボルトがセットされています。ところがどうやら20世紀の始めごろのものには、表と裏を同時に締めつけてチューニングするものがあったみたいです。参考画像。
thumbscrew_snare.jpg

画像のものはリムが木製でボルトが7本(!)というものなので、ウィーンフィルが使っていたものと少し違いますが、裏面側からチューニングするのは同じでしょうね。これは1920年代の製品らしいですが、昔はこういうものも使われていた、という一例ということで。ちなみにチューニングのためのボルトの数は、現代では偶数(たいていは8本または10本)であるのが普通だと思いますから、画像のスネアはその点も面白いですね。以上、追記しておきます^^。
nice!(0)  コメント(0) 

You've Really Got a Hold on Me [音楽]

このところ「人称代名詞」をタイトルに含んでいる曲という繋がりで続けている「この1曲」シリーズですが、今回はThe Miraclesが1962年の9月にリリースしたシングル、「You've Really Got a Hold on Me」です。もちろんこのThe Miraclesは、Smokey Robinsonがリーダーでリードボーカルとして在籍したグループです。のちにSmokey Robinson and The Miraclesに名称が変わりますけど。

変わるのは1963年か64年ごろのようなんで、やはり正式にはザ・ミラクルズのリリース曲ということになると思います。音盤のクレジットもそうなっていますね。で、もちろんこの曲が一般に知られているのは、The Beatlesの2枚めのアルバム「With the Beatles」にカバーされて収められているから、と言っていいでしょう。そしてこのカバーは、ビートルズの作品の中で唯一の「ジョンとジョージ」のコーラス「だけで」歌われている曲ということのようです。

ミラクルズの原曲のバージョンは、少しゆったりした歌いぶりでコーラスも柔らかみのある感じで歌われています。原曲を聴けば、「あぁ、ビートルズはほぼフルコピーしてるんだね」というのは、よく分かると思います。ただしなぜかミラクルズ版はフェードアウトしてますけど。ビートルズの方はエンディングが付いていて、これはライブで歌うことも意識しているのかな、という気もします。

それにしても思うのは、60年代から70年代ぐらいまではよく作られていた、この曲のような「3拍子系」の楽曲が、最近はあまり聴くことが無くなったこと。4/3にしても8/6にしても。まぁ前進力というか、ビートのスピード感というか、そういうものが求められることが多くなったってことなんでしょうね。「音楽のバリエーション」としての3拍子は、ロック・ポップ界では失われつつあるということなんでしょうか^^;。果たして。
nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。